世界遺産・白川郷の合掌造り観光

10月25日、結構冷え込んで来てます。昨日まで雨が降っていたけど今日は薄曇の晴れ模様。前々から行って見たいと思ってた岐阜県北部の飛騨地方にある白川郷世界遺産・合掌造りへ行くことになりました。 東海北陸自動車道は今年全線開通して、白川郷まで高速道路で行けるようになりました。便利になった分関西や東海、関東方面からの観光客が押し寄せているみたいで、この日も高速道路は所々渋滞です。 更には、白川郷で観光駐車場に停めるためにまた渋滞。外国人や観光バスもたくさん来てました。

合掌造りで有名な白川郷は1995年12月、ベルリンで開催されたユネスコの第19回世界遺産委員会で「白川郷・五箇山の合掌造り集落」が、世界文化遺産として登録されました。
合掌造りは江戸中期から昭和初期まで白川村から富山県の五箇山地区にかけて建てられ、古い物で300年と言われていますが、昭和20年頃から始まったダム建設により集落が水没するなどして減少。更に小集落の集団離村や火災による消失もあり、 合掌家屋が転売・消失、多い時で300棟近くあった合掌建物は、昭和36年には190棟にまで激減したそうです。災害は仕方ないとしてもダム建設の為に、日本の貴重な文化財が失われるのは情けない事ですね。

こうした中、地域住民がこのままでは白川村の合掌造りが無くなってしまうということで、保存活動を展開しました。こうした保存活動が認められ、昭和51年には、国の重要伝統的建造物保存地区に選定され、 その後世界遺産に登録される事になりました。地域住民の地域の貴重な文化を残そうという熱い思いがかなったと言う訳ですね。素晴らしい事だと思います。

そんな地域住民の熱い思いがこもった白川郷へ朝から出発です。

鈴鹿インターから高速道路に乗り、東名阪自動車道−名古屋高速−名神高速−東海北陸自動車道と走ります。何度もICを通るし、名古屋高速は別料金なので何度か料金所を通過(まあETCなので楽だけど)するし、 何度途中道を間違えそうになったか・・・。

東海北陸自動車道に入って最初の川島PAで休憩です。ここのPAは非常に大きく、なかに水族館や観覧車もある遊園地等、到底PAとは思えない設備です。もちろん、高速道路からだけでなく外からも入れるようですが。 左の写真が川島PAです。
そこで30分ぐらい休憩して更に東海北陸自動車道を北上。途中はまだ片側交互通行の区間が多く、前に遅い車が入ると暫く低速走行を強いられます・・・。更には一部工事をしていて 渋滞していたりで、思ったより時間がかかった・・・。

郡上八幡辺りまで来ると、外はやはり寒いんでしょうね、山々の紅葉はピークを迎えているようで、景色は最高です。(あ、わき見運転はしてませんよ。) だいぶ白川郷に近づいたので再度ひるがの高原PAで休憩。車を停めて外に出るとやはり寒い・・。三重を出るとき、多少寒いことも考慮して少し多めに着こんできたのに、それでも寒さを感じます。

ひるがの高原PAを出て暫くすると白川郷ICに到着です。合掌造り集落近くの観光駐車場まで行き車を停めましたが、この駐車場に来るまででも観光客の車で渋滞です。道路の両脇に目をやると、田舎の田園風景が広がって いて、少し前までは静かな農村だったんだろうな〜って思います。地元の人にしてみれば、世界遺産に登録され、高速道路がつながり、この地域の静けさは何処かへ飛んで行ったって感じでしょうね。

駐車場から合掌造り集落へは、間に川が流れていて、写真のつり橋を渡らないといけません。橋は一応しっかりした作りになっていますが、大勢が一度に渡るので微妙に上下左右に揺れます。川面までの高さもあり結構スリリングです。

橋を渡るとすぐ合掌造りの建物が並んでいます。ここに建っているのは、ほとんどがお土産物屋さんです。規模も小さめですね。

朝9時にアパートを出ましたが、渋滞やらなににやらで4時間ちょっとかかってしまいましたので、この時点で既に1時を過ぎています。お腹も空いたのでまずは腹ごしらえに、集落の南の端にある「忠兵衛」ってお店に。 この日は団体のお客さんが多かったせいか、お店のメニューも写真の定食(1500円)のみでした。まあ、この飛騨牛朴葉焼きが食べたかったので、問題ないですけど(^^)
ちなみにこの食事をしたお店も写真左の様に合掌造りとなっています。

昼食も済ませ、順次集落を散策です。 建物は南北に面して建てられおり、これは白川の風向きを考慮し、風の抵抗を最小限にするとともに、屋根に当たる日照量を調節して夏涼しく、冬は保温されるようになっています。それに雪の多い地方ですから、屋根に積もる雪が自然に下へ 落ちて、雪の重みで建物が潰れないように、雪かきの手間が省けるようになっていますね。先人の知恵の結晶ですね。

白川郷の合掌造りが広く知られるようになったのは、ドイツの著名な建築学者ブルーノ・タウト氏(1880〜1938)が、著書「日本の美の再発見」の中で、「合掌造り家屋は、建築学上合理的であり、かつ論理的である」と絶賛。 また、「この風景は、日本的ではない。これはむしろスイスか、さもなければスイスの幻想だ。」と述べ、この高い評価により、世界中から注目を集めるようになったそうです。

さすが合掌造り集落って事で、消火栓も合掌造り(もどき)です(^^)


観光の楽しみの一つとして、ご当地名物を食すってのもありますよね。昼飯食ったばかりだというのに、どぶろくアイスだの五平餅だの、飛騨牛肉まんだの買い食いです。そうそう、みたらし団子もあります。みたらし団子は普通にスーパー とかでも売ってますが、ここのみたらし団子は醤油を付けて焼いてるだけです。とろとろのタレが付いているのも美味しいですが、こちらのみたらし団子もあっさりしていて美味しい。

集落内を散策中、道のわきの溝にニジマスが沢山泳いでました。どう見ても川ではなく溝なんだけど沢山います。普通こういった溝にいるのは、鯉は鮒ですけどね〜。集落内の合掌造りの多くは民宿になっているので、そこの食事に出されるニジマスなのかな?

集落の北部には、山の中腹にある展望台へ上がる道があり、そこから集落全体が見渡せるらしいので上がってみましたところ!
な!?なんだこの人たちは!?
何かのTVか雑誌の取材かと思いましたが、特にTVカメラは見当たらないし・・・。すぐに周りはカメラを持った観光客でいっぱいに。特に外国の観光客の方たちは大喜びで写真を撮ってました。 まさに”ジャパニメーション”の世界ですね〜。

で、本来の展望台からの景色ですが、素晴らしい眺めの一言ですね。写真ではその良い感じが伝わらないけど、暫く見入ってしましました。一見の価値は十分ありの展望です。
ここから見るとよく判りますが、集落は周囲を高い山々に囲まれた盆地の様な所にあります。今でこそ道路や交通網が発達して不便さは感じないでしょうが、昔のここの住民たちは大変だったでしょうね。 雪でも積もれば、まさに陸の孤島と化してしまいます。まあ不便だからこそ色々な生活の知恵が生まれ、今こうして世界遺産になるまでになったのでしょうが。

山の上の展望台を下りて次に向かったのは、国指定重要文化財の和田家です。江戸時代に名主や番所役人を務め、白川郷の重要な現金収入源であった焔硝の取引によって栄えたそうです。現在も住居として活用されており 1階と2階部分を公開していて、一部は居住区なので入れない場所も沢山有りました。でも、これだけ観光客がやってくると、昼間はゆっくり生活できないでしょうね。

和田家を見終わった時点で既に5時近くになっていました。帰りも3時間ぐらいは見ておかなければいけないし、集落内の主な場所は見終わったのでお土産を購入して帰ることとしました。 お土産も色々買ったけど、失敗したのは「どぶろく」を買って帰れなかったことです・・。何軒か売っているお店があったんですが、駐車場まで遠いし、近くまで行って買えばいいか〜って思ってたら、駐車場近くのお土産物屋では売ってなかった。 やはり、ほしいものは見つけた時点で買っておくべきでした・・・。

帰りも東海北陸自動車道、名神高速、東名阪自動車道と朝の逆に戻ります。ただ、意外と帰りは渋滞も無くスムーズに走れたので3時間かからず8時過ぎにはアパートへ帰って来れました。これから白川郷や飛騨地区は 寒さが増して、来月には降雪・積雪も有り得ます。来春までは行けなくなりますが(準備していけば行けるけど^^)また訪れたいと思う場所でした。

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