仙台、松島&会津磐梯山
4月24日、この日は仙台及び日本三景の一つ松島へ観光に行くことにした。朝7時に出発し、東北自動車道を北上。 福島県境では、まだ桜が満開でした。この辺りから左手には会津磐梯山が見えます。この日は天気が良かったので 頂上付近までくっきり見えます。(写真左)
さらに東北道を北上し、福島県から宮城県に入った頃から、やはり左手に蔵王が見えます。(写真右)
東北道から 蔵王までは少し距離があるうえ、間に他の山があるため、なかなか良い写真が撮れませんでした。この写真は車の中から 何とか撮った一枚です。蔵王の頂上には”御釜”という円形の火口湖があって、天気や日差しによって見た時の湖水の色が、 エメラルドグリーンだったり茶色だったりコバルト色だったりと変わるので、別名『五色沼』とも呼ばれているそうです。
残念ながら本日の目的地は仙台なので、東北自動車道からの眺めだけで我慢して、さらに北上し、仙台宮城インターチェンジ を降りて、仙台市内へ。仙台市内はこの日が桜の満開だったようで、桜の咲いてる公園は花見客でいっぱいです。 私たちは桜を見に来たわけではないので、まずは青葉城跡へ向かいました。
青葉城と言えば有名な戦国武将”伊達政宗”の居城ですね。正式名は『仙台城』らしいです。城は無く、本丸があった辺りが広場になっていて、そこに有名な 伊達政宗の像があります。写真では見たこと有りますが、本物は初めてです。思っていたより大きな像でした。そして伊達政宗が 向いている方向に、仙台市内が広がっています。ここの広場から仙台市内が一望でき、さらに遠く太平洋も見ることが出来ました。 夜来ると、夜景が綺麗なんでしょうが、なんとここは5時半か6時には、一般の人は入れなくなるそうです。なんか勿体無いですね。 しかも、ここは駐車場が有料で、1時間400円取られます。城が無い上に夜景が見れないのに、随分な話ですよね。

伊達政宗と言えば、有名な話では豊臣秀吉の小田原攻めに遅れて参陣。怒った秀吉の前に白装束に身を包み、髪を下ろして現れ、 『いつでも首を刎ねられる覚悟の気持ちの白装束です』と言ったとか。その小気味の良さに、秀吉は政宗を許したそうだ。ただこの時 政宗は秀吉が自分を許さないだろうと読み、懐に短刀を忍ばせ、刺し違える覚悟で臨んだが、秀吉の器の大きさにその思いを果たせず くやしい思いをしたらしい。そのことも有ってか、その後の豊臣方と徳川方の戦では徳川方に付き、徳川の天下統一に貢献した。まあ 実際はどうだったのか、それはその場に居合わせたわけではないので、判らないですね。(^_^;

景色に見とれているうちに、朝早かったせいもあってお腹がすいてきました。ちょっと早いが昼食にしようと駐車場近くにある 牛タンが食べられるお店に行くことにした。やはり仙台に来たからには、名物牛タンを食べないといけませんよね。ところが なんと、お店はまだ準備中!11時30分から営業ときた。現在時刻11時なので、30分も待たなければ行けない。仙台市内に行って 食べる事も考えたが、面倒なので30分待つことにした。待っている間、隣の店に”ずんだシャーク”なるものを売っていた。 ”ずんだ”ってなんだ?美味しいのか?お腹もすいたし試してみよう。ということで飲んでみたが、味は普通のバニラシェイク の味だ。ただ、なんかつぶつぶの実が入っている。これがずんだかな?と悩んでいると、お店の看板に書いてあるではないか。 なんだ、ずんだって枝豆のことか。そういえば入っていたつぶつぶの実、枝豆のような味もする。他にもずんだもちとか、沢山 ずんだ○○ってのがある。仙台は枝豆も有名なのかな?
そうこうしているうちに30分経過して、牛タンのお店が開店したので、早速お店に入り”牛タン定食(1.5人前)”を注文した。 牛タンは1.5人前なんだが、もう少し欲しいような気もする。しかし、牛タンは美味しかった。炭で焼いているのか 炭の香りがする。それに、広島に居たころにバーベキューで牛タン食べたことあるが、お店でパックで売っている牛タンは、薄っぺらい 肉だが、ここの牛タンは結構肉厚があり、食べ応えもある。ご飯はお代わり自由だと言われたが、腹八分目が健康のためにも、太らない 為にも良いので、やめました。ついでに写真に写ってますがビールも少々いただきました。この日は運転しなかったので、良いでしょう。

昼食も済ませ、続いては松島へ移動です。せっかくなので仙台市内を通って行く事としました。途中東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地 フルキャストスタジアム(旧仙台宮城球場)のそばを通りました。この日はデーゲームで、東北楽天−千葉ロッテの試合が有ったので、球場周辺は 沢山の人で賑わってました。楽天のレプリカユニホームを着た仙台市民が沢山です。
仙台市内を通過して約30分で、日本三景の一つ松島に到着です。
松島に着いて車を止め、観光フェリー乗り場に行くと、もう直ぐ定期観光船の湾内一周定期コースのフェリーが出るということなので、急いで切符(1400円)を買いにフェリーに乗り込みました。 フェリーでは、客室は既にいっぱいでした。まあ、客室は窓があり寒くないけど、せっかくなので海の風に当たれる外(船の後方)に乗り込みました。出発前、船の後ろの 海面を見ると、沢山のカモメが海に浮いています。『なんで、こんなにカモメが船の近くにいるの?』と思いましたが、船が走り出して理由がわかりました。乗客が船から カモメのえさを撒くんです。船の中でも100円で売ってますが、そのえさを撒く人、食べていたお菓子を撒く人。それを目当てにカモメがず〜っと船を追いかけてきます。 島巡りは約30〜40分位でしたが、その間ずっと後ろを付いて来てました。その数ざっと50匹位居たかな?もっと居たかもしれません。写真でも判りますが、船の後ろはスクリューの回転で海面が波立ってますが、そこに落ちた えさを目掛けて突っ込んでいくんですよね。で波にのまれてひっくり返りそうになったりしてますが、根性でえさを捜し食べてました。この根性は凄いです。まあカモメも 生活がかかってますから必死ですよね。
カモメはとりあえず置いといて、松島といえば無数に点在する島の数々ですね。松島の名の通り、ほとんどの島には松が生えていました。 島の名前は、船内放送で言ってましたが覚えてません。何とか覚えているのは、一番上の右が『鐘島』、2段目の左が『仁王島』です。後は忘れました。島の数は260余島だそうで、見た感じはもっとありそうな 雰囲気はありました。ここで、松島について資料から抜粋すると

万葉の昔より歌枕として用いられ、みちのくを代表する名勝松島が「宮島」「天橋立」 と並び日本三景の一つと言われたのは1714年ごろ(正徳四)、 江戸幕府の儒学者林羅山の三男である林春斎がその著書 「日本国事跡考」において、「日本三処奇観」と記したのに始まります。俳聖芭蕉が奥州行脚する 目的の一つとした松島は、奥の細道の中で「松嶋の月まず心にかかりて」 とありますようによほど気にかかっていたようで、「扶桑第一の好風なり」と そのあまりの美しさに驚嘆し、絶句したそうです。芭蕉が詠んだ句と言われ、有名な「松島やああ松島や松島や」は、後にできた逸説だそうです。

そうこうしている内にフェリーは港に戻ってきました。最後の方は、さすがに外で風が当たるせいもあり、結構寒かったです。
その後、周辺をうろうろしながら、お土産物を買いに行きました。仙台名物笹かまぼこを買いたかったのですが、あまり日持ちがしないようだったので あきらめ、その代わり試食を食べまくりです。それだけで、お腹がいっぱいになってきました。時間的に3時のおやつの時間なので、まあおやつに 笹かまぼこってとこですかね。一番美味しかったのは、名前は忘れたのですが、豆腐入り笹かまぼこですね。しかし、買いもしないのに全種類試食して回るなんて、迷惑な客ですよね。
帰りは同じく東北自動車道を南下しました。途中時間も少しあるので猪苗代湖、会津磐梯山が良く見えるところに行こうと言う事で、磐越自動車道に入り、昨年夏に一度訪れましたが、野口英世記念館 に車を止めて、まずは磐梯山の写真を撮りました。来る途中空には大きな黒い雲が磐梯山の近くに有ったので、磐梯山全体を見ることが出来ないかなと思ってましたが、日ごろの行いが 良いのか、磐梯山には雲がかかってなく全体を捉える事が出来ました。それから、猪苗代湖の写真も撮りたいと、シャッターポイントを探して車で走っていると、日が沈みそうに なって来ました。そのときちょうど開けたところに車が差し掛かり、大急ぎで車を路上駐車して、沈み行く夕日をバックに猪苗代湖の写真も撮りました。結構良い感じの写真になったと 思ってます。あの夕日の沈んでる方向に、来月行く三重県があり、家族のいる広島があるんだな〜と、ガラにも無く感傷に浸ってました。

その後はまた、磐越自動車道を戻り、東北自動車道を南下。途中軽く夕食をとり部屋に帰ってきたのは夜の9時頃でした。朝7時に出たので約14時間の旅でしたが、一ヵ月後には栃木から三重県に転勤になるので、 その前にどうしても仙台には行っておきたかったので、思いが果たせ満足です。

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